
風の歌を聴け
かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。高校の終り頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを、何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。
「風の歌を聴け」P109
友達という関係でありながらお互いを「あんた」と呼ぶ、その距離感とか、ラジオのディスクジョッキーがいつの間にか「笑う犬の漫才師」と「僕」がつけたあだ名を気に入って使っていたりと、よく読み込むととてもおかしみに溢れています。
「鼠」と「僕」の軽快なやりとりは気障だけど憧れるし、「僕」や「鼠」、「ジェイ」とは短い言葉を交わすだけでそれ以上の多くの考えや心に描いている印象を理解しあっているのがわかります。
自分は「鼠」の性格に近いと思っている人も多いのではないでしょうか。家が金持ちというだけで自分の境遇を呪いながらも殻を破って踏む出すことに躊躇してしまう、そんな自分がたまらなく嫌で不安定な心情が伝わってきます。現状をどうすれば良いかわからずもがき苦しむ、誰かにわかってもらいたくて、でもお前に俺の気持ちなんてわかるものかと反発したくなる、そんな矛盾を一人で抱えているのです。
この頃(16歳とか17歳のころ)、自分の意志で本を手にとった最初の一冊がこの本で良かった、と今でも思っています。
この本を読み返すたびに煙草が吸いたくなるのは何故だろう。そしてビールの他にウィスキーも飲みたくなります。
こんな人に読んでほしい
- 12月24日が誕生日の人
- クールに生きたいと考える人
- 思ったことをそのまま口に出すことができない…人
若者とひとくくりにすることはできないけれどやっぱり10代の男の子には一度読んでもらいたいと思います。村上春樹がいつも言う「普通すぎるくらい普通だ」と感じる多くの少年たちは、それこそ心に抱える弱さや理不尽さや自分の甘さや自惚れや攻撃性を表に出すことができないでいるからです。
そんな時代を過ごして大人になった社会人にもきっと当時を思い出すことができる本なのでしょう。
三部作と呼ばれる「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」とその続編である「ダンス・ダンス・ダンス」については、これからも折をみて触れていきたいと思っています。「1973年のピンボール」とその後に発表され社会現象に発展した「ノルウェイの森」が、深いところで繋がっているなど興味深い初期の作品たちは間違いなく自分の人間性を形作ったものの一つだからです。


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